No.067 春は苦い、だから旨い

春は苦い、だから旨い

 春野菜は美味しいですよね。タラの芽やフキノトウ、タケノコなど、春ならではの食材がたくさんあります。私が幼少期を過ごしたあたりには川が流れており、その土手には一面のツクシがありました。子供の頃はそれをもぎって集めて、家に持って帰り、これを母親が佃煮にしてくれたのを思い出します。正直子供の頃は春の食材が苦手でした。何とも言えない青臭さや苦みが口の中に広がりますが、これを美味しいと思う受容体が私の舌には存在していませんでした。

 春の食材が美味しいと思ったのは中学3年の時です。地方の中学校と交換留学のような機会があり、そこのホームステイ先から帰る際、お土産としてその日の朝に山で採れた大きなタラの芽を頂戴しました。それを家で天ぷらにして食べた時、苦みの奥にあるうま味は絶品で、その感動は今でも脳裏に焼き付いています。それを超える春の味覚にまだ出会ったことはありません。

 春野菜に共通しているのは、苦みの旨さですよね。よく考えてみれば春と言うのは、青春という言葉があるくらい、青臭さが漂う季節です。夏に向かうにつれて植物はグングン成長して一人前になり、秋になったら熟して甘みを帯びてくる。やがて枯れて土に戻り冬の間に栄養素に変換されていきます。そしてまた春を迎えると、栄養に満ちた土壌の上で、新たな命が芽吹き、ようやく姿を現したかと思うと、いきなり風雨などの自然災害やほかの生物との生存競争など様々な苦闘に立ち向かう事になります。まさに苦難を味わうのです。その苦難こそが春の食材の苦みなのではないかと思います。トマトなどを甘く栽培する方法は、遣り水に塩を加えたり、水分が足りるか足りないかギリギリのところを攻めたりなど、苦難を与えた方が甘くなるようです。食材なども春の間に苦みが濃い方が、夏のみずみずしさや、秋の甘さに繋がります。

 そう考えると人生も同じだなぁと思う今日この頃です。春は入学や入社、職場異動など新たな役割を担う時期です。いろんなワクワク感と共に春を迎えて、職場に姿を現すと、人間社会や競争社会の苦闘が立ちはだかっています。枯れてしまっては元も子もありませんが、時にはしょっぱかったり、ギリギリのところを攻められたりする指導もあるでしょう。まさに、これまでの慣れ親しんだ環境から人生の苦みを味わう事になります。でも、そこで“苦み”をたくさん蓄える事ができたらのちにそれが“旨み”に代わっていくのでしょう。

 なかなか上達しない英語力、表社会に出てきてくれない腹筋。苦難は人生の“苦み”だけれども、後の人生の“旨み”につながると信じて、今日もコツコツと自分磨きを続けていきたいと思います。


習慣サポーター けいぞうくん
(掲載日:2021年4月2日)
(次回配信日:2021年4月9日)

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